Edo (2003)
 - BOICE PLANNING Art Exhibition 1st -
 岩尾恵都子展

 2003年3月30日(日)〜5月18日(日)
 会場:BOICE PLANNING
 
フィクショナリティ

 岩尾恵都子の絵画が観客の心に忘れがたい印象を残すのは、それらがとても美しく、不穏な嘘をついているからに相違ない。作品に恋するかもしれない人を突然の魔法にかけるため、あるいは、美しい誤解が覚めないようにするための、たった一度の嘘として。

 絵画と観客のあいだの恋愛を成就させるため、すなわち、絵画表面のイリュージョンによって観客の感情の動きを惹起するため、作家は、アトリエから眺める景色や、駅と自宅の間の起伏がある道のり、向かいの家の庭先の植え込み等を、フィクショナルな色と形態、背景に変容させていく。作家自身が張り込んだ方形の帆布の上で、油を纏った顔料は、こうした企みに忠実に与している。観客は、絵画に対面するうち、身近なごく普通の景色をどこか遠い異星の出来事と誤信してしまう。あたかも普通の人同士が、お互いを特別な存在と捉えてしまうように。
 作家は、このような具体的な場所を特定することが不可能な風景を、滑らかで均一的な描き方で画布の上に凝縮することによって、独自の空間を発生させる。画布の上だけで展開される世界は、行き場のない不穏な感覚を観客に抱かせる──自分が目の前に見ている景色は、何時、如何なる場所なのか。自分はどこから来て、どこへ行くのか。同時に、それは観客に居心地の良い部屋でくつろいでいるような感覚を与え、感情を穏やかで快いものへ導いてゆく。観客はなお、画面が醸し出す空間の中にいたいという、何処とも知らぬ場所への思慕の念に捉われるだろう。

 岩尾の絵画は、さらに、作家と観客一人一人が共有できるものを生み出す力、観客のイマジネーションを喚起する力を有している。フィクショナルな絵画において、その強度は殊に重要な要素である。純然たる抽象表現ではなく、具象物をわずかにアレンジした形態と色彩によって、作家は、身近な風景を、現実にはあり得ない風景に変換して提示している。観客は作品の中に、「自分だけが見つけた、自分にしか見えない風景」を見いだすだろう。それは、作家と観客個々人の間だけで繰り広げられる物語である。
 例えば、作品”Astina”(2001)では、地面とも解釈できる茶色の地の上から、赤い屋根と白い壁の家が、湖あるいは増水した川とも受け止められる青い背景の上にせり出して描かれている。その様子は、今にも流れ出してしまいそうな、不穏な、不安定な気配を醸し出し、いま見ておかないと、すぐに失われてしまう、静謐な美を湛えている。
 また、作品”With no head”(1998)では、横臥して天空を仰ぐかのように、画面上部から天地逆に木が描かれている。画面の外にある筈の太陽には、雨が降る予兆の傘がかかっている。その様子は、山間の草原で森林浴を楽しんでいるような心地良さの中で、やがて降り出す雨が美しい空を消し去っていく、不安な気配を漂わせている。

 さて、これらの物語が全て嘘──フィクション──であったとしたら、貴方の百年の恋は醒めてしまうだろうか。作品への恋は終わりを告げてしまうだろうか。
 その後には、対象への惨憺たる理解がやってくるだろう。それは、双方の当事者に対して、深い幻滅と後悔を与えずにはおられないだろう。この苦しみを避けるため、自らの嘘を永遠に封印するために、作家は時に作品を破壊してしまう。だから、岩尾作品に恋をした人たちは、その場で購入しない限り、再会できる可能性は低くなる。
 けだし、作品に対する様々な捉え方にもとづく購入という行為は、モチーフに対する、いわば「主観的誤解」をもとに購入に至る道筋において、恋愛と結婚(あるいは同棲)の在り方に類似しているかもしれない。それが故か、この展覧会においても、作家は、とても美しく不穏な嘘を、画布一面に描きあげていく。作品が観客との一時の逢瀬を得るため──そして願わくは、共に生きる機会を得るために。はたして作品は、鑑賞する貴方に、突然の魔法をかけることが出来るであろうか。
                                       深瀬鋭一郎

Noto1 (2003)

北京とリマ (2001)

Sydney (2001)

Astina (2001)

With no head (1998)
 
岩尾恵都子 Iwao Etsuko

1968年 東京生まれ
1993年 多摩美術大学大学院美術研究科修了

■個展
1996年 ギャラリー21+葉(東京)
      西瓜糖(東京)
1997年 ギャラリー21+葉(東京)
      西瓜糖(東京)
1998年 ギャラリー山口(東京)
      ギャラリー21+葉 <創ることへの視線-vol15>(東京)
2000年 ギャラリー山口(東京)

■グループ展
1999年 自慢・満足 ギャラリー21+葉(東京)
1999年 第4回昭和シェル石油現代美術賞 目黒区美術館・区民ギャラリー(東京)
2000年 VOCA2000 現代美術の展望−新しい平面の作家たち 上野の森美術館(東京)
2001年 FILD OF NOW 洋協アートホール(東京)
      SIX DIRECTIONS ヒルサイドフォーラム(東京)
      自慢・満足 「椅子について」 ギャラリー21+葉(東京)
2002年 FILD OF NOW 「彩色健美」 洋協アートホーラム(東京)
      Each Artist -Water Sensation- ギャラリーGAN.f(東京)

■受賞
VOCA2000 VOCA賞 上野の森美術館(東京)

■主な参考文献
蔵屋美香  展評 美術手帖 1998 .8
岩尾恵都子 「坂の途中」 the Scholar20 Perspective アクリラート別冊 1999
岩尾恵都子 「坂の途中で実感すること」 コンテンポラリー・アーティストレビューno31
岩尾恵都子 私の好きな物「ヤクルトスワローズ」 新美術新聞
岩尾恵都子 「世界の不安定さを描く」 徳島新聞 2000、6.6
宝玉正彦  展評 日本経済新聞 2000、6.23    
嶋崎吉信  「晴朗なる不安」岩尾恵都子の絵画 セブンシーズ9月号・展覧会カタログ
早川博明  VOCA2000