高橋ジュンコ 「Cool & Heat」
日時:2002年6月15日(土)〜7月13日(土)
場所:銀座 晶アート2階
胸をしめつける思い

 「スクールデイズ」という写真集を覚えているだろうか。1998年に刊行された、郊外の高校とその生徒達の姿をニュートラルな視点でとらえた作品である。
 1995年に神奈川県立追浜高等学校に非常勤講師として着任した高橋ジュンコは、翌年から生徒達の日常写真を撮影し始めた。この「高校生写真」は、まず1997年にパルコ・ギャラリーのグループ展「naked eyes」で発表され、1998年には、新潮社フォトミュゼ・シリーズの一冊、「スクールデイズ」として刊行された。

 これらは様々なメディアに取り上げられて話題となり、多くのファンを獲得した。今回の展覧会で発表されるのは、それ以降に撮影された新作である。 テレビや雑誌では、十代の少年少女は暴力や無軌道な行動で荒廃しているように、センセーショナルな報道がなされることが多い。もっとも高橋ジュンコの作品をみる限りでは、「荒れる十代」はあくまでもごく一部のことで、大半のティーンエイジャーは、一昔前よりはだらしないにしろ、至って平穏な毎日を送っているという印象を受ける。

 作家は、教育する側と生徒達が、世間でおこった凶悪事件にどのような反応を示したかを肌で知っている。例えば、神戸の児童殺傷事件は、勤務する学校内でも大きな衝撃であったという。作家は、それらを踏まえた上で、アンチーゼとして「普通の高校生」が送る日常を撮影した。露悪的なヴィジュアルは意図的に排除した。多様化した現在では何をもって「普通」とするかというくくり自体が成立しないと考え、冷静に生徒を観察する方法をとった。
 よって、そのまなざしは、生徒を上からみて評価する「先生」の視線とは異なっている。美術の講師として生徒達に向けられてはいるが、むしろ、被写体である生徒一人ひとりの「生(き)」の部分を捉えようとするまなざしである。男子生徒は男らしく、女子生徒は女らしく、また生徒らしくといった、性的・社会的な役割分担の意識が介在せず、撮影する側も、先生らしくある、という社会的役割から自由である。

 また、被写体である少年少女の、ありのままのセクシーさも、高橋ジュンコの作品の特徴である。女の子は無防備な素のままである一方、男の子はちょっとした野性味がまぶしく見える。セクシャリティの質は殆ど等価にみえる。セクシャリティが絡むと、写真家の視線は、対象となる性に──例えばヘテロセクシュアルの作家ならば異性に、ホモセクシュアルの作家なら同性に──偏ることが多いが、高橋ジュンコのようにほぼ等価の親密な視線で捉えられているのは、得難い個性と言うことができよう。

 「Cool」を装いながらも、内的な「Heat」を抑えきれない生徒達の顔、また顔。そうした少年少女が放った熱気の痕跡を残しつつ、静寂が支配していく人気のない校舎。熱気の抜け殻としての無人の建物は、観るものの既視感を伴いつつも、クールである分、「ここにあって、しかもここにない」虚構の空間として眼に映り、独特の空気感を醸し出している。

 20世紀初頭から続く芸術的実験では、観客の関与が「作品」を構成する重要な要素のひとつと見なされ、観客の側に芸術的情動をいかに発生させるか、が主な課題のひとつとなってきた。作家は、キャンバス、ブロンズといった物体を形作るため主観的努力を傾注するというよりは、観客や参加者の情動に重点を置いて制作するようになった。そこで惹起しようとする感情も、喜び、悲しみ、怒り、笑いなど全ての感情に拡張した。

 今日では、パフォーマンス、ビデオ、ドローイングなど様々なメディアを活用し、ジャンルを超え、人間の五感を動員して、いかに鑑賞者に自らの情動のあり方を意識させ得るかが、作品を評価する際の尺度ともなっている。例えば、近年盛んな、鑑賞者の「笑いをとる」を試みは、こうした流れの中で位置付けることができる。この動きは、さらに、芸術的情動として相対的に未開拓の分野である、「胸を締めつけられるような思い」──いわば「胸キュン」──を呼び起こす表現へと向かう可能性を孕んでいる。

 この展覧会で、思春期という、少年少女期から大人へ向かう時期の微妙な姿を捉えた作品に取り巻かれる体験は、たとえ「胸キュン」という概念が美術の構成要素として成立可能であろうとなかろうと、観客の心を何がしか揺さ振ることは間違いないだろう。それは例えば、クラスメイトの仕種や何気ない学校風景にハッとしたpureな思いの再現が、あなたの胸を「キュン」と締めつけるということかもしれない。
                                         深瀬鋭一郎
 
高橋ジュンコ JUNKO TAKAHASHI

■略歴
1962年 東京生まれ
1984年 武蔵野美術大学 造形学部油絵科 卒業
現在、神奈川県横浜市在住

■個展
1989年 コバヤシ画廊 (東京)
1990年 「ジョーンズ氏の肖像」かねこ・あーと・G1 (東京)
      「ポリ=プラ=スクラップ」 Mole (東京)
1993年 「オントロジー Ontology」ギャラリー+1(東京)
1995年 「Heart beat」 コニカ・プラザ (東京)
1996年 「ANOTHER SIGHT」 Mole (東京)

■グループ展
1993年 「第2回写真新世紀」 P3 (東京)
1995年 「フォトグラフィア・イン・ウンブリア」ウンブリア(イタリア)
1997年 「NAKED EYES」 パルコギャラリー(東京)
2001年 「LANDSCAPES」 タカイシイ・ギャラリー(東京)
2002年 「写真新世紀10周年記念展」東京都写真美術館

■受賞
第5回公募「写真新世紀」優秀賞 「記憶の絵」

■写真集(出版)
1998年 「スクールデイズ」 新潮社
      「Y’ s EYES」 読売テレビ
      「TRANS BODY BONDAGE」 ワイレア出版

■写真集(CD−ROM)
1996年 「ANOTHER SIGHT」 インナーブレイン
1998年 「new egoism 88」 キャノン