右上
第8回国際コンテンポラリーアートフェスティバル
会期:2003年4月4日(金)〜4月7日(月)
会場:東京国際フォーラム 晶アート ブース
笑顔の理由

 「右上」は、2001年に米原昌郎、雨宮庸介が結成したアートユニットの名前である。「右上」とは、本来、「右方の上方」という位置を示す言葉だが、ひとたび名前として冠されるや、異なる意味を持ってくる。

 縁起が良く、尊重される物事を形容する「右」という言葉と、明るく恭しいイメージを有する「上」という言葉が結合すると、きわめてポジティブな響きを帯びた「右上」という言葉が生まれる。「右上」は、例えば「右肩上がり」という表現が、株価上昇、給料や売上の増加などの好ましい状況を示すため用いられるように、明るく、威勢の良い語感を有している。

 「右上」の写真や絵画作品には、坊主頭をした二人の男性キャラクターが登場する。彼らは、米原・雨宮自身である。開放的で清清しい、そして少し不思議な日本の風景のなかで、画面を覗き込む私たちに背中を向けて何気なく立ち、一緒に景色を眺めている。

 彼らは、なぜ笑っているのだろう、なぜ必ず二人でいるのだろう。そして、私達を包み込んでいく、この心地よさは何なのだろう。立ち止まって考えてみると、疑問が次々に湧き上がる。

 斜め後ろからみる彼らの顔は、どうみても、笑っているようにみえる。頬の筋肉の緊張の仕方からそれと判る。右上の方角を向いていることが多いが、常にそういう訳でもない。二人とても仲が良さそうだけれど、まったくセクシュアルな感じはしない。

 二人の眼前に広がる景色は、遠く、遠くまで開けていて、とても、とても美しい。日本の景色とは思われるが、中近東や中国の景色の様にもみえてくる。流れる雲の形が素敵だったり、枝振りのよい松が茂っていたり、不思議な石灯籠が現れたり。見事に実った果物もてかてかと照り輝いている。そして、どこまでも広がる空と海、砂浜、草原。

 ひとつ思い出したことがある。滝口修造が、ジョアン・ミロに捧げた詩篇の中で歌っていたことである。「笑いの理由というものが仮にもあるとすれば、おそらくあられもなく赤い舌を出すだろう、影もなく声もなく、」と。

 仮に「右上」にも笑顔の理由が存在するのだとしたら、滝口修造が言うとおり、それは案外、他愛もないものなのかもしれない。しかしそれは、経済不況や戦争という、この暗い世界にあって、衒いなく底抜けのポジティビティを示して力強くそこに在る。

 私達はかくて、作品の中のキャラクターとともに笑顔で景色を眺めるだろう。そして新しい勇気を得ることだろう。「右上」が自らの作品によって再定義する前向きの概念と、その精神の光によって。

                                深瀬鋭一郎
「賛歌」 ( 2001)

一、歌声の にほひにあふれ穢れなし
   天地の 美しきとはなんぞやと
  万を愛しめ 薫風可憐
   まことを尋めむ姿こそ
  あぁ我ら
   右に賢かれ上に知を

二、移りゆく 世に移りなく勤しみし
   理て 精緻のたくみきわむべく
 揺るがぬ姿 松涛千古
   この黎明を祝ぐごとし
  あぁ我ら
   右に育み上に実を

三、目に映えて 桜咲き散る清けさに
   思い染む 創出づるは不壊の華
 まなじりあげよ 紺青双頭
   今ぞ謳わん いざ行かむ
  あぁ我ら
   右にかぶきて上を視よ
解説

 「右上」は、坊主頭をした二人の男性(作者である「右上」の米原・雨宮自身)を、典型的な日本の風景のなかに配置することにより、鑑賞者に対して、単なる風景画・風景写真を見るのとは異なる独自の視覚体験を提示する。
 作品『Smile Field』シリーズにおいて、作品中の彼らは、学校のプール、曇り空の下、公園、あるいは観光地の風景を、観客の前に立ち、観客に背を向けて眺めている。彼らは、作品中で観客である我々に代わって目前の風景を眺めている。風景は風光明媚なものであるが、その只中に坊主頭にTシャツ姿という右上の二人がいることにより、我々はただの風景としてとらえていたものに対し、奇妙なずれを見出し、彼らを取り巻く空間を意識していく。画面に登場する二人の人物は、鑑賞者の想像力を喚起するかのように、後ろ向きではあるものの、必ず横顔の一部を覗かせている。
 風景をモチーフとした絵画や写真の中に人間が登場すると、鑑賞者は画中に物語を見いだそうとする。それが南海の楽園の風景であろうとも迫りくる断崖絶壁であろうとも、「画面の中に人がいる」というだけで、それらの作品は風景画でもなければ人物画でもない、中有の状態にある作品となる。ことに作品の画面構成がフォーマルでクラシカルであればあるほど、作品は鑑賞者によって読解の対象となりやすくなる。
 例えば『Smile Field』シリーズでは、雨宮と米原は観客に背を向けるかたちで画面に登場するが、わずかに観客に見せている頬骨と眉尻から、二人の表情は笑顔であると推測することができる。しかしそれについても「おそらく笑っているのだろう」という推測の域を得ないもので、二人が確実に笑っているかどうかは判らないのである。

 右上の作品が鑑賞者に強く印象を与えるのは、画面構成の要素1つひとつが堅固に構築されており、なおかつそれらが、あり得ないもの同士の組み合わせとして作品中にずれを生じさせていることが理由のひとつとしてあげられよう。米原・雨宮の二人は作品の中で、同じ方向を見て微笑んでいる(ように思われる)。我々は作品の前に立って彼らと同じ風景を見ることになり、場合によっては二人と同化するような感覚を覚え、画面の空間を強く意識することとなる。
 また、堅固な構成の作品を作るという他、右上の作品の大きな特徴としてはポジティヴィティの存在があるだろう。作品として具現化したポジティヴィティのかたちは、小学校の体育館の壁に掲げられている、木製の校歌のパネルを模した『讃歌』という作品に典型的に表れている。
 この作品では、右上は架空の学校の校歌の形をとって自らへのアンセムを捧げている。作品に彫り込まれた歌詞のなかで、自分達の出発点を確認し、そこから成長・発展をしていこうと志す姿勢をうたう。虚構の校歌と言ってしまえばそれまでだが、昨今巷間で聞かれる「リスペクト」、「自分をほめる」という言葉の持つ自己肯定の概念を含みつつ、自分自身の立っている位置を意識させる作品となっている。
 右上の作品は、斯様に多義に亘る要素を含んで鑑賞者の前にある。我々は彼らの作品に奇妙さを覚えつつも、その中に存在する肯定的な姿勢をとらえ、新たな感覚で鑑賞する機会を得ることができるのである。

                                   尾野田純衣

雨宮庸介 AMEMIYA YOUSUKE

1975 茨城県生まれ
1999 多摩美術大学美術学部油画専攻卒業
2001 アートユニット「右上」結成

■個展
1999 「つむぐ・ときほぐす」 Gallery QS(東京)
2001 「雨宮庸介展-いない気配-」 Guardian Garden (東京)
    「フォギードギーデッサンラン」FADs art space(東京)

■主なグループ展
1999 「アートサロン99at登満寿館 」登満寿館(東京)
    「アート公募2000」 新木場SOKOギャラリー(東京)【’01奨励賞】
2000 「3.3? (ひとつぼ) 展」Guardian Garden (東京)【グランプリ】
    「mist/imitation 」 アカデミア・プラトニカ(茨城)
2001 「美術座2001α」なるせ美術座(東京)
    「地雷展」FADs art space(東京)
    「群馬青年ビエンナーレ 」 群馬県立近代美術館(群馬)【奨励賞】
2002 「TAKO KITE」Guardian Garden & Creation Gallery G8(東京)
2003 「going 1992-2002」Guardian Garden (東京)

米原昌郎 YONEHARA MASAO


1968 愛媛県生まれ
1995 京都市立芸術大学大学院美術研究科修了
2001 アートユニット「右上」結成

■個展
1997 「SUMER EXHIBITION」ギャラリー21+葉ANNEX(東京)
    「WINTER EXHIBITION」ギャラリー21+葉(東京)
1998 「Imitation void」ギャラリーなつか(東京)
    「創ることへの視線−Vol.16」ギャラリー21+葉ANNEX(東京)
2000 「The Constitution」ギャラリーNWハウス(東京)
2001 「Double Bind」FADs art space(東京)

■グループ展
1997 「Hi-RELAX展」南青山骨董通り
1998 「第15回平行芸術展−イメージ・ストーカー」エスパスOHARA(東京)
1999 「アートサロン99 at登満寿館」 登満寿館(東京)
2000 「ART IN HOSPITAL」医療法人湖聖会 銀座医院 (東京)
    「mist/imitation」アカデミア・プラトニカ(茨城)
2001 「美術座2001α」なるせ美術座(東京)
    「Each Artist, Each Moment2001」ギャラリーGAN (東京)
    「自慢・満足/椅子について?」ギャラリー21+葉(東京)
    「地雷展」FADs art space(東京)