柴田ジュン 「人面犬研究所 −ドッグメ〜ン−」
日時:2001年9月4日(火)〜29日(土)
場所:青山 晶アート (メゾンリベラール103)

ごあいさつ

 「人面犬研究所」は、80年代後半から90年代初頭にかけて日本全土を震撼させた「人面犬」を調査・考証するために設置された研究機関(任意団体)であります。

 「人面犬」とは、説明を要さないほど既に著名なものと思いますが、顔が人間、体が犬という生物(または妖怪)であります。さまざまなメディアに取上げられた後、姿を変え、「人面魚」などの変種を産み、時には地方活性化に役立ってきた歴史が在ります。また、インドにおける「猿男」などの変種が引き起こした事件は、皆様の記憶にも新しいことかと思います。

 ベルリン及び東京での「人面犬研究所」開設にあたり、多大なる御協力をいただいた方々に対し、ここに深く御礼申し上げます。

 なお、「人面犬研究所」は、皆様から寄せられる情報によって成り立つ研究機関でありますので、各位のご来場と情報提供をスタッフ一同、心からお待ちしております。

人面犬研究所所長 柴田ジュン
 
困惑の力

 柴田ジュンは日本生まれだが、ベルリンでデビューし、活動を続けているアーチストである。プログラムの「バグ」を主なテーマとして、1999年から制作・発表を行っている。今回が初個展であり、日本における初の展覧会でもある。デビュー時に「あなたのウンコ撮らせて下さい」、「ベルリン トイレ ミシュラン」等のプロジェクトや、"I Rape Me"と題する、女性と男性に扮装した写真を発表した。"und ab die post 2000"展では、生きたモルモットをインスタレーションの一部として、巨大な人面モルモット立体の足元に配置し、動物虐待の疑いで警察から捜査を受けた。

 今回ベルリンと東京で発表するプロジェクト「人面犬研究所―ドッグメ〜ン―」もまた、人間や動物の遺伝子構造における「バグ」をテーマのひとつとしている。「バグ」とは、元来、コンピュータ・プログラムにおける誤りを指す用語である。バグが原因をなすコンピュータの誤作動は、脈絡なくある日突然に起こり、それに依存した社会システムや人間を混乱に陥れる。

 柴田ジュンの作品に現れる人面犬や、オカマ+オナベ、人面モルモットは、いずれも遺伝子構造や脳内性中枢発達プログラムのバグを原因として、「生み出されてしまった」ものたちである。遺伝子のバグは、種の保存の観点から必要不可欠なものであり、確率的に新種、奇形を生み出す。環境変化に適応して生命を維持する新たな芽を提供し、組織化された集団または構造を動脈硬化現象から保護する役割を果たす。その観点からみれば、エクストリームな作家たちは、美術史のバグが生み出した亜種と言えるかもしれない。

 こうした「ある筈がないもの」に人間が対峙した時の困惑は、コンピュータ・プログラムのバグにより混乱が発生した際の感情に通ずるものがある。「こんな筈ではないのに、一体何が起こったのか?」というような気持ちである。20世紀初頭から芸術が観る側の参加を不可欠なものとして求め始め、観る側の心の動きもまた芸術の一部として認識するようになったとすれば、こうした困惑もまた、今日の芸術の重要な要素をなす筈である。

 バグにはもうひとつの意味がある。例えば、「人面犬は時速140kmで走る」という伝説が生まれた背景には、人面犬誕生の確率が非常に低いことがある。人面犬ブームの頃、子供たちが日本中のあちこちで見ることができたほど多数が誕生したとか、繁殖したとは思われない。だから一匹が大変なスピードで移動できなくては困る。そうでなければ、子供たちが幻想をみたのか、嘘をついたのか、調査する側が誘導的質問を行ったのか、ということになるからである。

 ブームの後には新たな目撃例はほとんど報告されていないことや、インドの猿男が現地当局によって「集団ヒステリーによる幻想」と断定されていることに鑑みると、これらは情報伝達・集積システムのバグに類似した現象と言えないだろうか。現代の情報社会では、流言飛語や集団幻想といったカオスが、インターネットなどの情報伝達システムに載って広がっていく。そこに介在する人間の不合理な行動は、社会が予定した整然たるシステムに比較すれば、バグとも捉えられるだろう。

 こうしてでき上がった「噂」は、たとえそれが真実ではなくとも、真実として訴えかける力を持っている。人面犬は当時の日本でどの程度の真実らしさで捉えられていたのだろうか。現在どのように生き続けているのだろうか。記憶の片隅に追いやられているのみであろうか。ベルリンでは全く未知の動物である人面犬は、今回のプロジェクトで真実味を持って迎えられるだろうか。新たな都市伝説は生まれるだろうか。伝説は客観的事実ではないにしろ、事実に近い物語として、人々の記憶の中で徐々に定着していく。その発生過程――噂が主観的真実に転換していく過程――は社会心理学的に極めてスリリングなものである。

 今回の展覧会において、柴田ジュンは、情報自体とウェッブサイト、モンタージュ写真、ドローイング等を活用して、伝説の発生過程を、芸術的に解き明かすことに挑戦する。その際に素材として用いるのは、観客から寄せられた、人面犬にかかる情報、体験談、思い出話など、「記憶」という主観的真実の断片である。

                                深瀬鋭一郎
 
柴田ジュン Jun Shibata

1973年 横浜出身
1997年 日本大学芸術学部卒業、渡独
2003年 ベルリン芸術大学(HdK)大学院卒業

■個展
2001年 「人面犬研究所 −ドッグメ〜ン−」 晶アート
      ”Fighting Alone” Zwischen Tuer und Engel Zionskirche
      (ツィーオンス教会、ベルリン、ドイツ)
      "Fighting Alone" Pussygalour (ベルリン、ドイツ)

■グループ展
1999年 Galerie Mori Ogai/aktions galerie (Berlin)
2000年 Galerie NAKT (Berlin)
      "und ab die post 2000"(Berlin)
2001年 横浜トリエンナーレ非公式参加
2002年 "Fighting Alone - fly high ! " UdK Abschuloss exhibition
      (ベルリン芸術大学、ドイツ)
      "Dogmen-laboratory / INSIDEOUT Festival der Neuen
      Kunst" Bunker in the Reinhardtstrase (Berlin)